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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10262号 判決 1969年8月29日

原告

大倉亜夫

代理人

市来誠次

被告

丸善自動車株式会社

被告

坪本優

代理人

鬼倉典正

牧野雄作

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一  原告

1  被告両名は、原告に対し各自金二三五万二六一二円およびこれに対する昭和四三年一月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告両名の負担とする。

との判決を求める。

二、被告両名

主文と同旨の判決を求める。

第二、請求の原因

一、交通事故の発生

原告は、つぎの交通事故により受傷し、かつ、その所有に属する後記原告車を損壊された。

1  とき 昭和四三年一月三〇日午後八時四〇分頃

2  ところ 東京都練馬区中村北一丁目一一番地先の信号機により交通整理の行なわれている交差点内

3  被告車 事業用乗用自動車

登録番号 練馬五く一六七六号

運転者 被告 坪本優

進行方向 西武池袋線中村橋方面から練馬駅方面

4  原告車 自動二輪車

登録番号 練馬い一九二六号

運転者 原告

進行方向 目白方面から石神井方面

5  事故の態様および被害の程度

被告車が原告車の後部左側に接触し、その結果、原告車が破損し、原告は右手関節捻挫打撲、左脛骨腓骨々折、右手背部裂傷の傷害を蒙つた。

二  責任原因

1  被告会社は、被告車を所有し自己のため運行の用に供していたものであり、また、被告坪本は被告会社の被用者としてその事業の執行中つぎの過失により本件事故を発生せしめたものである。よつて、原告の前記受傷に基づく損害については自賠法三条、その余の損害については民法七一五条の各規定により、いずれもこれを賠償する義務がある。

2  被告坪本は、自己の進路に対する信号機の表示が赤であるのにこれを無視して前記交差点に進入したほか、前方注視義務違反、速度違反等の過失により本件事故を発生せしめたものであるから、民法七〇九条の規定により原告に生じた右全損害を賠償する義務がある。

三  損害

原告が本件事故によつて蒙つた損害は、つぎのとおりである。

1  金三万五七〇〇円 原告車修理代

2  金二六万九四一二円 治療費ただし、原告が受領ずみの自賠責保険金五〇万円を充当した残額

3  金九三万七五〇〇円 休業損害

原告は、本件事故当時大工として日収金二五〇〇円を挙げ、月間平均二五日間稼働していたものであるが、本件事故により一五カ月間にわたつて休業を余儀され、その間の得べかりし利益を喪失した。

4  金一五〇万円 本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料

四  仮処分による受領額の控除

原告は被告を相手方として、以上の損害の賠償を求める仮処分命令を申請し、該仮処分によつて被告から金三九万円の仮払いを受けた。

五、よつて、被告らに対し(不真正連帯)、以上の合計額金二三五万二六一二円およびこれに対する本件事故発生後の昭和四三年一月三一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求の原因に対する認否

一  第一項記載の事実は認める。

二  同二項1記載の事実については、被告坪本の過失の点をのぞき認める。被告坪本に過失のあつたこと、および同項2記載の事実は否認する。

三  同三項記載の事実については、原告がその主張のとおり自賠責保険金五〇万円を受領した事実は認め、その余はすべて争う。

四  同四項記載の事実は認める。

第四、抗弁

一  被告会社の自賠法三条但書の規定による免責主張

1  本件交差点は、見通しのきく交差点であり、被告坪本が本件事故直前に本件交差点にさしかかつた際、被告車の進路に対する交通信号機の表示は「赤」であつたため、同交差点外において一時停車し、右信号機の表示が「青」に変るのをまつて、はじめて発進し右交差点内に被告車を進行せしめたのである。しかるに右方路より進行してきた原告は、その進路に対する信号機の表示が、すでに「黄」から「赤」に変りつつあるのにこれを無視し、しかも前照灯も点灯せず同交差点に進入したため本件交通事故が発生するにいたつたものである。以上のとおりであつて、右事故は、もつぱら原告の交通信号無視等の過失によつて発生せしめられたもので、交通信号に従つて被告車を運行した被告坪本は、信頼の原則により過失ありとすることはできないのである。

2  なお、被告車の運行供用者である被告会社については何らの過失もなく、また被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつた。

二  被告両名の過失相殺の主張

被告両名に損害賠償責任があるとしても、本件事故の発生については、原告の前項1の過失が寄与しているというべきであるから賠償額の算定につき右過失が斟酌されるべきである。

第五、抗弁に対する認否

一  1の事実は否認する。

二  は争う。

第六、証拠関係<略>

理由

一請求の原因第一項記載の事実および同第二項掲記の事実中被告坪本に過失があつたことをのぞくその余の事実については、当事者間に争いがない。

二よつて、被告会社主張の免責事由の存否並びに被告坪本の過失の有無について判断する。

前記当事者間に争いがない事実および<証拠>を総合すれば、本件事故直前、被告坪本の運転にかかる被告車が中村橋方面から本件交差点に進入しようとしたところ、被告車の進路に対する交通信号機の表示が「赤」であつたため、被告坪本は右交差点手前で一時停車し、右信号機の表示が「青」になるのを確認すると同時に被告車を発進させて同交差点内への進入を開始したところ、その直後、被告車進路の右方、目白方面から、前照灯もつけず、時速五〇ないし六〇キロ・メートルの速度(時速五〇キロ・メートルの場合の秒速は、13.88メートル)で右交差点内を通過しようとしていた原告車に接触したこと、右接触地点は原告が進入した右交差点の側端から26.80メートルの地点であること、被告車の進路に対する信号機の表示が「赤」から「青」に変るまでにおける原告車の進路に対する信号機の信号「黄」の点灯時間は四秒間であること、したがつて原告車が同交差点に進入しようとした際のその進路に対する信号機の表示は「黄」であり、まさに「赤」に変りつつある状態にあつたこと、以上の事実が認められる。<証拠判断略>。

そこで、以上の事実に基づき被告坪本の過失の有無を考えるに、およそ自動車の運転者としては、本件のごとく交通信号機による交通整理の行なわれている交差点に、信号機の表示にしたがい進入しようとする場合、特段の事情のない限り、右方から同交差点に進入しようとする車両も、その進路に設置された信号機の表示にしたがいその場に一時停車するなど、当然自車との接触を回避する措置をとるものと信頼し、それを前提とする注意義務をつくせば足り、原告車のごとく法定の燈火もつけず(道交法五二条)、信号を無視(道交法四条二項、道交法施行令二条)して交差点内に進入し通過しようとする車両のあることまで予見し、これに対する安全を確認すべき注意義務を負担するものではないと解するのが相当である。しかして、本件においては、前記の特段の事情については何らの主張も立証もないのであるから、結局、被告坪本は本件事故の発生につき何らの過失はなかつたというほかなく、本件事故は、もつぱら原告の前記交通信号無視等の過失により発生したというほかないのである。

なお被告車の運行供用者である被告会社に、本件事故発生について過失がなかつたこと、および被告車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたことについては、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべきであり、結局、被告会社の自賠法三条但書所定の免責の抗弁は理由がある。

三以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、爾余の判断を用いるまでもなく、いずれも失当として棄却すべきものであるから、民訴八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。(原島克己)

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